スタッフブログ

広告物歴史11

Posted:2011.12.21

受けて学ぶ方の方が何倍も何倍も良いと思うので!!
また来年頑張りまぁす!!

さて今日で、この屋外広告の歴史ブログはおわります。

フジネオンの創業者 松本貞雄は
昭和24年 戦地から日本へ帰って来た後、
数少なかったネオン業界に見習工として就職をしました。
戦後の荒れ果てた日本に光り輝くネオンの光を見て 松本は感動します。

「この綺麗な光り輝くネオンで家族を幸せにしたい」と想い

フジネオン工業所を設立しました。

以後、ネオンだけではなく
屋外広告や屋内広告等、看板といわれている広告を
数多く掲載してきました。

 

第二次世界大戦後からの歴史を書いていきます!!

第二次世界大戦後の1947年ころから、
禁止されていたネオンサインが復活しました。

ネオンではありませんが、1940年代の映画看板です。

194963日に 屋外広告物法が公布されました。

第1条~第14条まであり、
これに基づいて各都道府県で条例を制定します。

この時点で現在のやり方と同じものが出来るんですね。
大正時代は警察が取り締まっていましたが、
都道府県になったという理由ですね。

そして、昭和24年には広告にアドバルーンを使用する許可が出ました。
2年後の1951年には東京都の警視庁が広告物取締を行い、
12000件撤去しました。

 

昭和33年にはネオン広告に代わって
シネサイン方式を利用するようになりました

昭和41年東京銀座数寄屋橋のソニービル壁面の
ビデオサインが話題となり

以後ビル利用のビデオ。
アニメーションサイン塔の大型広告が多数現れ、
大型ビションとつながっていった。

昭和54年第2次オイルショックが起こり、
資源エネルギー庁が広告業界に

「広告用飾用照明等に関する当面の使用削減対策について」
という通達を出した。

翌年昭和55年1月11日政府は
ネオンの夜10時消灯を促し、翌12日、

全日本ネオン協会が方針を決定した。

次回からは世界の屋外広告を表示していきます!!

 

 
最後に・・・・・・
少し放置してました・・・・

理由は、屋外広告士の試験のまたもや不合格!!
でショック受けてました。
学科は全て通っているのに
デザイン(絵を描く)だけが
おちてしまいました(T▽T;)

まぁ仕方ないです!!

また来年受験します!!

 

成功の秘訣は・・・・・
成功するまでやり続けること!!

 

 

 

 

 

・電飾看板
・屋外看板
・ネオンサイン 
・LEDサイン
・ネオンサインデザイン
・LEDデザイン

 

 

屋内外サイン・看板のことで

 

ご不明なことや、お困りなことが御座いましたら

 

何なりとお申し付け下さいませ。

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